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はじめに。

2017年10月1日(日)

僕は甲状腺と中咽頭という2つの癌と同時に闘っている。


ということを忘れたふりをして生きていこうと思ったが、やはり書き記しておこうと思う。一生、続く闘いであるし、いつの日か読み返して、そんな日もあったと笑い飛ばせるように。だが… 


人生の大半は忘れたふりをして生きていこう


 ところで、特に入院中は気持ちを残さないために日記をつけなかった、スケジュール手帳にすら何も書き込まなかった。だから、いつ何があったか思い出せないと思っていた。だが、なんと、なんと、入院中に家族や友人とやりとりしたメールやメッセージを見返すことで、諸々の細かい日時までわかるではないか。なるほど!これを頼りに記憶を辿ってみようと思う。さて、はじまりから既に8か月も経っている。いつ、リアルタイムに追いつくだろうか?



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テーマ : 日記
ジャンル : 日記

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そもそも、病院の名前が。

2017年3月9日(木) 九州がんセンター
 
 本日は晴天なり。『九州がんセンター』今後、この病院に出入りするからには、この病院名からして、人にも隠し辛くなるなんて思いながらの初日。妻は勿論、両親まで付き添ってくれた。病院の広い待合室…

圧倒的に年配者が多い。みんな、ガンなんだ…

なんて思いながら頭頸科へ向った。

頭頸科?生まれて初めて聞いた科だ。

首から上で脳、眼、歯以外の領域を診る科で、耳鼻咽喉科との違いは主にガンの治療を行うところらしい。頭頸科の待合室。いかにも親の付き添いで来ている息子や娘なども、ちらほら。しかし、若手で患者というのは僕だけ。名前を呼ばれて診察室に入る際、『えっ、息子が患者で親が付き添いか、まだ若いのに・・・』と言わんばかりの周囲の目線が痛かった。そんな僕の後に家族も続き、診察室へと入った。診察は紹介された部長が行った。髭の似合うダンディーな部長だ。頸の周りをグリグリと触診した後、隣の部屋へ移動。エコー検査をしながら「うーん、ほら、見える?」

「右のリンパ節にも転移してるんだよね」

えっ、左だけじゃなかったのか?初耳だった。「うーん、少しでも残してあげたいけど、無理かなあ」と部長は申し訳なさそうな目で僕の顔を覗いた。再び診察室にて「君の場合は甲状腺の全摘出、左右両リンパ節の郭清と色々やることが多くてね、10時間くらいかかるかもね。でも手術の翌日には歩いて、食事も出来るし、10日間ぐらいで退院できますよ。甲状腺の部分摘出なら、その後も98%の人は元気なんだけど、君の場合は70%くらいかなあ、まあ長い付き合いになるよ、とりあえず…」

「この先、10年は宜しく」

あくまで統計だが、部長が口にした数字に家族は少し安心したようにも見えた。僕も『よくあることですよ』と言われたような気がして、よくはないことを自然に受け止めつつあった。そして、最後に妻が聞いた、「山笠には出れますか?」。部長がどこまで山笠に出るという意味を理解されていたかは、わからないが、「運動もやった方がいいし、大丈夫だと思いますよ」と、やんわりとした口調で答えた。この日の夜は僕がボーカル&ベースを務めている、スリーピースバンドの練習日、メンバー二人(ギターとドラムス)と、スタジオで共に時間を過ごした。2人には事前に、ラインのメッセージで伝えていたことと僕が明るく振舞ったこともあり、穏やかな時間を過ごせた。


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ガンと言うも言わぬも辛い。

2017年3月2日(木) 実家
 
 日中のうちに電話をして、夜になってから同じ市内にある実家を訪ねた。大事な話があると伝えていたのに「今、帰って来たけん、ちょっと待って」と、テレビを見ながら晩御飯を食べる両親は割かし呑気だった。そりゃそうだろう、今から息子に『ガンが見つかった』なんて聞かされるとは予想だにしなかったろう。逆に僕は両親がどんな反応をするか、そればかりを考えていた。こんな話、話す方も聞く方も悲しい思いしかしない。いっそ、親には黙っておこうかと思ったが、ガンで甲状腺とリンパ節を全摘するのだ。もはや、黙っている方がおかしい。そして、その時が来た。このところ検査に行っていた前段を話して、用意していた言葉を差し出した。

「死ぬわけじゃないっちゃけど、甲状腺のガンってさ」

両親は絶句し、重い空気が立ち込めた。僕は、それを振り払うために必死に、大丈夫らしいという要素を話した。インターネットで散々、調べたことが、ここで事を奏した。帰り際、駐車場まで歩く夜道で父親が「大丈夫、頑張れ、頑張れ」と僕の肩を抱くように擦った。

今まで父親に、こんなことをされたことはない。

違和感さえ覚えたが、父親なりに心情を整えながら絞り出した表現だったのだろう。
 
 その翌日会社にて。会社のスタッフには誤魔化せない、誤魔化す必要もない。今のところ、死ぬわけではないので、全てを話し、協力をお願いした。

ガン=死ぬというイメージは強い。

僕もそう思う。だから、まだ、精密検査前ではあったが、会社のみんなには「別に余命なんぼとか、死ぬわけじゃないので」という上等文句を何度も被せながら必死に話した。勿論、みんな、「仕事の事は気にしないで治療に専念して」と言ってくれた。偶然にも年度末で、僕が担当していた、いくつかの仕事の形が付きつつある時期でもあったが、いずれにしても『ガンなので』と言われたら、誰もが、そう言わざるを得ないだろう。そして、対外的には『体調を崩して、暫く入院している』という口裏を合わせてもらうこととなった。

誰に、どこまで話すのか?『病名』は隠すべきか?
 
 家族と姉妹、会社以外に、絶対に話さなければならないのが、バンドのメンバー。手術をすると、今までのように歌えなくなるかも知れないからだ。医者の話からすれば、もう一生、高い声を出すことは出来ないのだろう。それが、どの程度なのか、わからないが、僕は声が高い、僕のキーに合わせて作った曲達。今の時点では、他の誰かが歌うことなんて考えられない、考えたくない。失うことへの未練か、恐怖か、ガンだと言うのに、そんなことばかり考えている。現状の立場としては、今年は僕が小学校の頃に所属していたソフトボールチームの記念式典がある。僕は、その実行委員だ。山笠も当番町の役員、おまけに、住んでいるマンションの管理組合の理事長でもある。よりによって、5年に一度くらいのことが全て今年なんだ。おそらく、1か月の休みを頂き、4月の中旬には戻ってこられる。だが…その僕は首に隠しようのない大きな手術痕を引っ下げ、「すみません」と低い声で復帰して来る。

どうしたと?という問いに何と答えればいい。

せめて服で隠せる所なら良かったのに。ガンの場所変更を願うなど怒れた精神状態である。取り急ぎ、マンションの管理組合については副理事長に暫くの代理をお願いした。ソフトボールの記念式典については、同じく実行委員の先輩と同期の仲間だけには、直接、電話で話した。二人とも、その一言目は…

「死なんよね?」

だった。二人にとって、僕が暫く式典の準備から間抜けること、そんなことは、どうでもいいのだ。二人の幼馴染が何度も確認するように聞いた「死なんよね?」とい言葉が、改めて、ガンという病気のイメージを浮き彫りにし、自分が、それなりの大病人であるという自覚を際立たせた。


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告知の料金は、僅か210円。

2017年3月1日(水) 総合病院その2
 
 この日も朝一番、一人で病院に行った。若手医師が先日と変わらぬ口調で、まるで世間話のように話し始めた。「細胞診の結果、甲状腺の部分とリンパ節の部分、いずれも…」

「クラスⅤでした」

まだ、話の冒頭だったが、この時点で、既にガン確定である。更に若手医師は話を続けた。「まあ、手術して全部見てみないとわかりませんが…

「おそらく、甲状腺乳頭癌と思われます」

「リンパ節の部分には甲状腺ガンの組織がありましたので、先日、お話しした通り、甲状腺ガンが転移しているということです」。

ドラマや映画で観たことあるな

と客観的に『告知』の瞬間を俯瞰で見ていた。僕が全て話してくれと言っていたこともあり、「ご本人に話しますか?」などという家族との会話もないまま、『ガン告知』という一大イベントは、あっという間に過ぎ去っていった。まあ…

今のところ『余命宣告』ではない

こともあり、穏やかな雰囲気であった。先ずもって気になること、そう、原因について尋ねると「遺伝の場合もあるんですけど、家族や親戚に甲状腺ガンの方はいないんですよね?まあ、放射線の被爆とか、ヨード、つまり海藻類の摂取不足とかいわれますけど、そもそも、どれも確実な原因ではないんですよね」。僕の場合は、状況からして…

突発性であり、原因も不明という。

しかも、通常、甲状腺ガンの発症は圧倒的に女性が多く、45歳以下の男性というのは珍しいケースだという。若手医師は話を続けた。「ここでも対応出来ますが、私が以前いた病院をご紹介します。そこの部長は私の恩師で、業界でも最先端を走り続けている方なので、より確実な治療が得られると思います」と九州がんセンターを薦められた。因みに…

告知をされたこの日の支払いは、僅か210円であった。
 
 しょんぼりしながら、この日も自転車で、今まで通りに会社へ行った。会社になんて話そうかと悩みながら、まずは妻に電話をした。「やっぱりガンだった、先生の言った通りだった」。妻は…

「そう…でも治療できるし、大丈夫って言われとっちゃろ?」

と、いつもと変わらぬ口調で答えた。夜になり帰宅し、娘が寝てから再度、話したが、妻は「大丈夫って言われとっちゃろ?大丈夫よ!」の一点張りだった。僕には良くも悪くも、まだ、実感がなかったが、妻は、どんな心境だったろうか?


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白黒はっきりさせたいですか?

2017年2月27日(月) 午後 総合病院その2

 総合病院その2にて、耳鼻咽喉科の部長と若手医師の二人が寄って集って、今までの検査結果を眺めた後、若手医師が軽い口調でこう言った。「今は44歳ですよね、まあ焦らなくても大丈夫ですよ、でも…」

「今日、白黒はっきりさせたいですか?」

その言葉には、いくつかのキーワードが含まれていたが、とりあえず「はい」と答えた。直ぐに検査室に移動、細胞診検査だが、正確な位置を得るために、エコーの画面で場所を確認しながら行われた。左耳の下のしこりと、のどぼとけの右下辺りを注射針で数回、刺された。痛過ぎて気が遠のく中で聞こえたのは、エコー画面を見ながら独り言のように言った若手医師の一言、

「ああ、もう典型的な…」

流石に「典型的とは?」と聞いた。すると、「悪性のですね」と軽く返された。そこでは、あえてガンですか?とは聞かなかった。何よりも、ガンなのに、なぜそんなに医師達は余裕なのか理解できなかったが、その余裕に僕も巻き込まれていた。検査後、僕は診察室で若手医師にこう願い出た。「現状から考えられることと、それに対して今後、どのようなことが必要になるか、可能性で構いませんので、全て話してください」。医師は「仕事、心配ですよね」と即答した。そして、エコー画面の画像を見せながら見解を述べた。まず鎖骨の上あたりにある黒い影を指差し「おそらく甲状腺の右部分にあるコレは悪性、つまり甲状腺ガンです。それが左耳下のリンパ節に転移して腫れていると思います、でも治療は出来ますし、甲状腺ガンは進行が遅いので焦らなくても大丈夫ですよ」。甲状腺とリンパ節…初めて具体的な部位が出てきた。待てよ…

甲状腺ってどこ?リンパ節ってなに?

という部分に囚われていたが、徐々に、ガンという言葉に意識が移った、しかし、ここまでに散々、ガンかもしれないと言わんばかりに言われて来ていたので、やっぱりそうかと…

自分でも驚くほど冷静に話を聞くことが出来た。

そして医者はこう続けた。「でも焦らなくてもいいですよ、甲状腺ガンは若い人の方が進行が遅くて、45歳で線を引くんですが、まだ44歳なので予後は比較的良いですよ。ただし、甲状腺の場合は予後も3年とか5年とかじゃなくて、10年、20年と長い期間、経過を見る必要がありますけどね」。それで、焦らなくていいと余裕な感じなのかはわからない、しかも、3か月後には45歳になるのだが大丈夫なのだろうか?まあ、とりあえず、余命なんぼとかではないらしい。さらに若手医師は話を続けた。「うーん、でも、甲状腺と左のリンパ節は全摘でしょうね、手術して2週間くらいの入院、その後、ヨード治療で2週間くらいの入院、ヨード治療は年1回で、2回から3回…ヨード治療は甲状腺特有の治療法で、福岡では九大とかかな?でも予約がとれなくて2、3か月待ちとかになりますからね」。淡々と3年くらい先の話までしてくれた。とりあえず3年後も生きていられるらしいが、正直なところ、色々と、わからない。とにかく一つだけ聞いた。「甲状腺をとるとどうなりますか?」若手医師は「甲状腺の働きを補う薬を一生飲まなければなりません、あと…高い声が出なくなります」。心配よりも、まだ疑問の方が圧倒的に多い。だが、この時点で、バンドでボーカルをやっているんですがとは言えるはずもなく、とりあえず、今すぐ死にはしないが…

もう色んなことが出来なくなるのかなとぼんやり思った。

あくまで医者の推測であり、細胞診検査の結果待ちだが、医者の推測には説得力があった。この日までの結果は全て妻に報告してきたが、この日の夜、「ガンの可能性が高い」と初めて、しょんぼりな報告をした。妻は…

「まだ、わからんやん、とにかく結果を待とう」

と気丈に答えた。僕は夜通し、甲状腺ガンについてインターネットで調べまくった。リンパ節に転移している時点で、既にステージ3。そして、甲状腺ガンには、いくつかの種類があり、ほとんどを占めるのが乳頭ガン。その他に濾胞ガン、髄様ガン、未分化ガンがある。確率は1%ぐらいだが…

もし、未分化ガンだったら余命1年。

医者の余裕は確率からくる乳頭ガンとの見越しなのか?しかし、乳頭ガンと未分化ガンは同時に混在することもあるらしく、実際は、ガン細胞を手術で切り取って開いてみないと確定は出来ないらしい。いわゆる病理検査というやつだ。一抹の不安はあったが、痛みや声のかすれなど自覚症状が全くないことも手伝い、いくら何でも未分化ガンってことはないだろうという、確証のない自信で落ち着きを保っていた。ふと、娘と寝ているはずの妻の様子を伺うと、同じく調べているのか、夜遅くまでスマホをいじっていた。翌日、早々に総合病院その2の若手医師から電話があった。「もう検査の結果が出ましたが、近いうちに来れますか?」そこで、「今、電話で聞くことは出来ますか?」と問うと「電話では無理です、直接、お伝えすることになっていますから」そりゃそうであろう。明日、行くことにしたが、この状況で眠れないのは、僕が正常な証拠だろう。



プロフィール

haratorocks

Author:haratorocks
1972年生まれ。会社員(映像ディレクター)。2017年2月から甲状腺ガン&中咽頭ガンと闘病中。起こった事と思った事を娘に残したい言葉として綴っています。週末にノンビリと更新中。

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